本形式は国鉄の標準型通勤電車として20年以上に渡って増備が続けられたので性能・設備面では陳腐化が目立っていたが、1983年3月に中央快速線が201系に、1986年4月に常磐緩行線が203系に置き換えられると進行せず、現役車両は全て継承された。しかしその後新型車両への置換えが急ピッチで進み、JR各社では東海に続いて全廃となったが、国鉄時代より柔軟かつ徹底した改造も盛んに行われており、様々な新区分番台も登場した。

同社では東中野駅列車追突事故を気にATS-P形化を進めた。単に機器搭載にとどまらずME40形ブレーキ弁搭載車の大半はME48形に交換された。但し、クモハ103形は車上機器の搭載スペースが不足したので苦肉の策で運行番号表示機を潰して搭載し、運行表示機は前面ガラスに設置された。

また、運用路線に特化した改造も行われた。

南武線・鶴見線用(全車)京浜東北線・常磐快速線用(一部)…外幌取り付けとそれに伴う妻窓閉鎖。

京葉線用…先頭車に排障器の取り付け。

常磐快速線用…運行番号表示機をLEDに変更。

しかし1990年代以降になると205系・209系・E231系等の増備で急速に置き換えが進行し、首都圏では2006年3月18日のダイヤ改正で全て運用を離脱、同年4月8日の常磐快速線でのさよなら運転とその翌日の車両展示会を最後に営業運転を終了した。仙石線では予備車として残されていたRT-235編成が2009年10月21日に引退し、同社から形式消滅した。

次ページから同社が行った大掛かりな改造工事に対して解説を行う。

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